ある世界のお話
むかしむかし
ある世界に
不思議な現象が起きていました。
人々は
生まれたときは誰もが
美しい音色を持っていました。
ある子は小川のせせらぎの音を
ある子は風が木々を揺らす音を
ある子は鳥のさえずりの音を。
それぞれが
この世にたった一つの
かけがえのない音でした。
ところが——
子どもたちは成長するにつれて
自分の音を忘れていきました。
「みんなと同じ音を出しなさい」
「その音は変だから出してはいけません」
「あの音を目指しなさい」
大人たちは子どもたちにそう教えました。
悪気があったわけではありません。
大人たちもそう教えられて育ったのです。
そうして
知らず知らずのうちに——
子どもたちは
自分の音を心の奥深くにしまい込みました。
そして
『自分じゃない音』を出すことを覚えました。
音を失った世界
やがて世界は
どこか不思議な場所になりました。
人々は朝から晩まで
自分じゃない音を出そうと必死でした。
でも
どれだけ頑張っても
心は満たされません。
身体は重く
呼吸は浅く
夜になっても心は休まらない。
「なんだか、おかしい」
「なにかが、違う」
人々は違和感を感じていました。
でも
その理由がわかりませんでした。
一人の旅人
そんなある日
一人の旅人が村にやってきました。
旅人は不思議な力を持っていました。
村人の心の奥深くに輝く
『本当の音』
が聞こえるのです。
「あなたの本当の音は
こんなにも美しいのに」
旅人は優しく微笑みました。
「でも、忘れてしまったんです。
どうすれば思い出せるのでしょうか?」
村人は尋ねました。
「簡単です」
と旅人は言いました。
「本当の自分と、繋がればいいのです」
偽りの音を手放す
「本当の自分と繋がる?」
旅人は静かに語り始めました。
「あなたが幼い頃
生き延びるために身につけた
“偽りの音”
それを、手放すのです」
「”偽りの音”?」
「そう。
あなたは傷つかないために
愛されるために——
本来の音を隠し
別の音を出すことを学びました。
それが
今もあなたを縛っています」
村人は、ハッとしました。
「だから、こんなに苦しかったのか」
「でも大丈夫。
あなたの音は消えてません。
ただ、忘れているだけ。
思い出せばいいのです」
旅人が村人の胸に手をかざすと——
村人の身体に
温かい波が流れました。
凍りついていた何かが
ゆっくりと溶けていく。
「戦う心」が鎮まり
「創造する心」が目覚めていく。
そして——
村人の心の奥から
忘れていた音が蘇りました。
それは
小川のせせらぎのような
優しく澄んだ音でした。
本当の音
「こっ、これが、私の音……」
村人は驚きました。
こんなにも自然で
こんなにも心地よい。
無理に出そうとしなくても
自然と響いてくる。
「これでいい」という安心感。
誰かと比べない自由。
自分を包み込む優しさ。
村人の目には
世界が違って見えました。
直感が冴え
心は穏やかで
そして——
眠っていた力が、次々と目覚めていく。
「これが、本当の私だったのか」
音が調和するとき
不思議なことが起きました。
村人が本当の音を取り戻すと——
その音が周りの人々にも響いていったのです。
家族が
友人が
隣人が——
一人
また一人と
自分の音を取り戻し始めました。
そして気づいたのです。
それぞれの音は
すべて違う。
でも
違うからこそ
美しく調和するのだと。
ある人の音は力強く
ある人の音は優しく
ある人の音は軽やか。
バイオリンやフルートやピアノが
それぞれの音を奏でるように。
みんなが同じ音を出そうとしていたとき
世界は重苦しい不協和音でした。
でも
それぞれが本来の音を奏でだすと——
世界は
美しいハーモニーになりました。
静かな夜明け
本当の自分と繋がった人が
一人、また一人増え——
やがて
不思議なことが起きました。
臨界点に達したとき
世界そのものが変わり始めたのです。
まるで
凍った湖が春の訪れとともに一斉に溶けるように。
まるで
夜明けの光が闇を一瞬で照らすように。
「こうあるべき」
という見えない鎖が
音を立てて崩れていきました。
人々は
もう誰かの真似をする必要がありませんでした。
それぞれが
自分らしく生きることを選び始めたのです。
与え合う世界
かつて
人々は「足りない」と思っていました。
奪い合い
競い合い
誰かを押しのけて前に進もうとしました。
自分を強く
自分を飾って
偽りの自分を見せることに必死でした。
でも
本当の自分と繋がったとき——
人々は気づきました。
すべては
満たされていたのだと。
自分の中にあるものを
誰かに差し出したくなる。
それが自然で
それが喜びなのだと。
あなたが得意なことが
誰かの必要を満たす。
誰かが得意なことが
あなたの必要を満たす。
奪い合いではなく
与え合う。
競争ではなく
共鳴。
支配ではなく
調和。
気持ちの良いエネルギーが
世界中を循環し始めました。
広がる波紋
旅人は
村を去る前に言いました。
「私がしたことは
ただ一つ。
あなたが
本当の自分と繋がるのを
手伝っただけです」
「でも
あなたがいなくなったら?」
「大丈夫。
あなたは自分の音を取り戻しました。
そして——」
旅人は微笑みました。
「あなたの音は
波紋のように広がります。
家族に
友人に
見知らぬ誰かにまで。
あなた一人の変化が
世界を変えるのです」
村人は気づきました。
今度は自分が
誰かの音を思い出す
そのきっかけになるんだと。
物語を紡ぐ
今も
世界のどこかで——
本当の自分と繋がる人が
一人、また一人と増えています。
その人たちが奏でる音は
美しいハーモニーとなって——
世界が調和へと導かれています。
世界を変えるのは
テクノロジーではありません。
あなたが
本当の自分と繋がることです。
あなたの中にも
忘れていた音があります。
それは
この世にたった一つの
かけがえのない音。
その音を思い出したとき——
あなたの人生が変わり
そして世界が変わります。
新しい時代の扉が
もう開いています。
その扉の向こうは——
一人ひとりが本当の自分と繋がり
互いに共鳴し合う
調和に満ちた地球。
私ができること
それは——
あなたが忘れていた音を思い出し
本来の音色を取り戻すお手伝いをすること。
扉の向こうに行くかどうか
それを決断するのは——
あなたしかいません。
旅人 香西幸男