朝露の里
むかしむかし
ある世界にひとつの村とひとつの町がありました。
ひとつの村は
「朝露の里」と呼ばれていました。
この村の人々は
草花に宿る朝露が太陽の上昇と共に
消えゆく様を眺めながら一日を始めました。
村人たちは知っていました。
露は、はかなく
朝が来ればやがて消える。
だからこそ
その一粒一粒がダイヤモンドより美しいことを。
そして
同じ露は二度と見られないことを。
誰かが亡くなれば
村人は総出でとむらいました。
子どもたちも参列し
土に還る人の姿を見送りました。
「いのちは巡る」と古老は語り
子どもたちは死が遠い他人事ではなく
自分たちにもいつか訪れるものだと理解していました。
だからでしょうか。
この村の人々は
今日という日を大切にしました。
畑仕事をしながら空を見上げ
「今日も生きている」ことを感謝しました。
友と会えば
心から抱き合いました。
夕食の団らんでは
何気ない話に花を咲かせ
笑い合いました。
明日
この瞬間が訪れる保証などどこにもない。
朝の光
風の音
土の匂い
子どもの笑い声
その一瞬一瞬がかけがえのない瞬間でした。
ある日
若者が尋ねました。
「おじいさん
なぜ私たちはこんなに幸せなの?」
老人は優しい眼差しで
朝露を指さしました。
「露がなぜ美しいかを感じたことがあるかい?
露が美しいのは永遠じゃないから。
わしらの命も同じ。
終わりがあるからこそ
今が輝く。
それを忘れなければ
どんな日も宝物になるのじゃよ」
永遠の町
もうひとつの町は
「永遠の町」と呼ばれていました。
ある日
この町に不思議な魔法使いが現れました。
魔法使いは言いました。
「あなたがたに永遠の時を授けよう。
もう死を恐れる必要はない。
病も老いも、遠くへ追いやろう」
町の人々は歓喜しました。
やがて
死は町から姿を消しました。
病人は見えない建物の中へ運ばれ
老人は町外れの施設に住まい
葬儀は簡素になり
墓参りをする人も減っていきました。
「いつか」
「そのうち」
が口癖になりました。
時間は無限にあるのだから
急ぐ必要はありません。
「また今度会おう」
と友は別れ
そのまま何年も会わない。
「いつか夢を叶えよう」
と若者は言い
老いても夢を見ているだけ。
「そのうち親孝行しよう」
と娘は思い
両親は静かに遠ざかっていく。
そして・・・
不思議なことが起こり始めました。
町の人々は
以前より多くのものを手に入れたのに
なぜか満たされません。
美しい服
立派な家
珍しい食べ物。
しかし
どれも心を震わせることがありません。
まるで色あせた絵のように
すべてがぼんやりとしています。
朝が来ても
夜が来ても
春が来ても
冬が来ても・・・
同じです。
季節の移ろいも
心を動かしません。
時間はあるのに
時間の重みがない。
生きているのに
生きている実感がない。
人々は言いました。
「なぜだろう。
こんなにも満たされているのに・・・
幸せを感じられない」
「なぜだろう。
こんなに自由なはずなのに・・・
窮屈に感じる」
「なぜだろう。
やりたいことができるのに・・・
何もしたくない」
若者たちは
お互いの目を気にするようになりました。
失敗を恐れ
新しいことに挑戦しなくなりました。
時間は無限にあるのに
時間に追われているような気分になりました。
ある夜
町の賢者が広場で語りました。
「私たちは大切なものを失ったのです。
私たちは死を追いやることで
生をも追いやってしまった」
人々は戸惑いました。
「でも
私たちは生きているではありませんか」
賢者は静かに首を振りました。
「生きているのと
生を感じることは違うのです。
桜が美しいのは散るから。
出会いが尊いのは別れがあるから。
今日が輝くのは
今日という日が二度と来ないから。
私たちは永遠を手に入れることで
かけがえのない一瞬を失ってしまったのです」
旅人の訪問
ある日
朝露の里から一人の旅人が
永遠の町を訪れました。
旅人は
町の豊かさに目を見張りました。
しかし同時に
何か大切なものが欠けていることにも気づきました。
人々の目に光がない。
笑い声に深みがない。
すべてが
どこか上の空です。
旅人は町の人々に尋ねました。
「あなたがたは
最後に心の底から笑ったのはいつですか?」
「あなたがたは
最後に誰かを心から抱きしめたのはいつですか?」
「あなたがたは
最後に『生きている』と実感したのはいつですか?」
人々は答えられませんでした。
旅人は語りました。
「私の里では毎朝
露が消えゆくのを見ます。
はかないと知っているから
その輝きに心を奪われます。
私たちは明日が来る保証を持ちません。
だから今日を
この瞬間を
精一杯生きるのです」
「あなたがたは永遠を手に入れた。
けれど
永遠を生きることは
今を生きないことと同じです。
今日が特別でないなら
明日も特別ではない。
すべての日が等しく色褪せていくのです」
町の若者が尋ねました。
「では
私たちはどうすればいいのですか?」
旅人は微笑みました。
「思い出してください。
あなたにも
いつか終わりが来ることを。
そして
その終わりを恐れるのではなく
受け入れてください。
終わりがあるからこそ
今が尊い。
別れがあるからこそ
出会いが輝く。
死があるからこそ
生が美しい」
「毎朝
目覚めたときに感じてください。
今日という日は二度と来ない。
今日会う人と
これが最後の出会いかもしれない。
そう思えば・・・
あなたの目に映るすべてが
違って見えるはずです」
永遠の町の目覚め
旅人の言葉は
永遠の町の人々の心に
静かに広がっていきました。
ある母親は
娘を愛おしく抱きしめました。
ある青年は
長年先延ばしにしていた旅に出ました。
ある老人は
疎遠になっていた友人を訪ねました。
人々は気づき始めました。
空の青さが
以前より鮮やかに見える。
パンの香りが
以前より豊かに感じる。
友の声が
以前より温かく響く。
永遠の町は
少しずつ変わっていきました。
魔法は解けたわけではありません。
けれど
人々は思い出したのです。
永遠があっても
今日は今しかない。
時間があっても
この瞬間は二度と来ない。
命があっても
それは有限だということを。
そして
その有限こそが
すべてを美しくするということを。

